ユータロの日記

鹿児島に住んでいる、とある男の日常をつらつらと。

それぞれの悲しみの成分

誰かとの別れの形っていろいろある。

 

単に物理的に離れて疎遠になり、会わなくなるのも別れ。

近くにいるけれどなんとなく会わなくなっちゃうのも別れ。

あんたなんか嫌いよ!と修羅場を迎えるのも別れ。

お互いのために…とかいう大人の別れもある。

それにこれが一番やるせないけれど、死別も別れだ。

 

これらの別れにはそれぞれの重さの悲しみがある。

なんとなーく切なくなるくらいの悲しさもあれば、

もう立ち上がれないくらいに打ちひしがれる悲しさもあるはずだ。

 

その悲しさは何によって重くなるのか。

その人との思い出の重さなのか。

自分の相手への気持ちの重さなのか。

あらゆるものが集まって重くなっているのかな。

 

最近元カレと別れた僕にも、

ある一定の悲しさはあるけれど、

ここ最近いくつかお葬式に参列していると…

そういう悲しさとはまた違っていて。

そしてお別れする人によってその悲しさも違っていて。

一体、この悲しさの成分は何なんだろう…て思うわけです。

 

そう考えると、たとえ別れたとしても、

相手が生きていて元気にしてるのなら、

まあ、いいのかなーなんて。

 

そして僕は僕で元気に生活していくことが、

今まで別れてきた人への恩返しにもなるのかも。