ユータロの日記

鹿児島に住んでいる、とある男の日常をつらつらと。

そのむかし自己啓発系男子でプチブラックな生活してました

まだまだ若かった頃、ボクは自己啓発に勤しんでいました。

成長するぞ!というベクトルも定まらない持て余した向上心を

それらしい本やらセミナーやらで大きく育て、

今思うとかなり無理しながら虚勢を張っていたのでした。

 

1社目に就職したのは「成長するぞ」系の中小企業でした。

社長は働いた分だけ成長できるという稲盛和夫ベースの思考で、

とことん働かされました。残業代なんかは出ませんでした。

成長できるという大きな特典がついてくるわけなんで、

それで残業代くださいなんてのは許されない社風でした。

仕事が終わりようやく帰れるのは夜中…という日が続くようになり、

原付バイクで帰っている途中「あ、このトラックに突っ込めば死ねる」

と考えるようになってきたのでヤバイと思いそこは辞めました。

それが25歳の春。

 

それでもまだ成長志向症候群から抜け出せなかったボクは、

うすうす自分には向いてないと分かっていた職種にもう一度チャレンジ。

そこは成長を強要するようなブラック社長はいなかったけれど、

業界的に慢性的なハードワークで、予算もないので残業代もつかない。

週に一体何回徹夜したら仕事終わるんだよ…ていう環境でした。

終電でも帰れず夜中に歩いて帰るようになり、

朝の通勤時、「電車来た時、飛び込んだら死ねる」と思い始め、

このままいくと取り返しがつかないことになる…と気付き、

最後のやる気を振り絞ってプロジェクトを終わらせ辞めました。

このときが27歳になる直前。

 

ハードワークな日々からは開放されたけれど、

大きく育てられた向上心の中身が空っぽだったと気づいた時、

誰にも会いたくないし、何をしていいかもわからないし、

一体この後どうやって生きていったらいいのか…

そもそも正社員として働ける気がしない。

どうしようもなく途方に暮れました。

 

その後とりあえずはバイトなんかしながら生計を立てていて、

あるバイト先の社長に気に入られ社員になるのを勧められるも、

ここに入ったらもうなかなか抜けられなくなるな…と思い、

丁重にお断りしてそこの仕事も辞めちゃいました。

 

そうしたらもう、次にどんな仕事をしていいのか見当もつかず、

日に日に家から出なくなるようになってしまいました。

少ない貯金を切り崩しながらのニート生活の末、

一回実家に帰って気持ちをリセットしようと思い、

鹿児島に帰ってきたのです。

 

このブログはその頃から始まっています。

(つづく)