ユータロの日記

鹿児島に住んでいる、とある男の日常をつらつらと。

悲しみを前にした時、人は

同年代の同僚の母親が急逝した。

大きな悲しみを前にした時に人はどう立ち直るのだろう。

なかなか笑えなくなってしまったとき、どうするのだろう。

何でもない日常、仕事、世間話、笑い、おいしいごはん。

そういうものの積み重ねが救いになるのかもしれない。

だんだんと時間が経っていくと心の中の悲しい密度は薄れていく。

思い出して悲しくなることはあるかもしれないけど、

その回数は少しずつ減っていく。

結局、時間をかけて少しずつ穴を埋めていくしかない。

だから、僕たちは悲しみに寄り添うことしかできない。

気の利いた一言や慰めを与えようとするのではなく、

日常を共に過ごしていくことが唯一できることなのかもしれない。

一緒に働いて、ときにごはんを食べたり、世間話をしたり。

そんなことしかできないけど、それこそが大事なんだよね。

腫れ物扱いしないで、いつも通り。

そうしよ。